サイエンスカフェを実施しました<2025.12.4>
2025年12月4日(木)、一般社団法人ドチャベンジャーズの柳澤 龍さん(東京大学大学院工学系研究科修了)による講演が行われました。柳澤さんは東京都練馬区出身で、縁のなかった秋田へ移住して12年目となること、地域づくりの仕事をしながら各地を訪ね、地域の「幸せな仕組み」を調べ続けていることが紹介されました。
前半は、柳澤さんが地域に関心を持つようになった原体験と、大学・大学院での研究が中心に語られました。高校時代の米国留学で「日本とはどんな国か」と問われた際、定型的な文化紹介では現在の生活実感を説明しきれないと感じたこと、また世界の大都市を巡る中で「どこも似て見える」感覚を持ったことから、日本を知るには地方に目を向ける必要があると考えるようになったといいます。その延長で、地方を巡りながら取り組める研究として「オンデマンドバス(デマンド交通)」をテーマに選んだ経緯が紹介されました。
オンデマンドバスは、8〜9人乗り程度の車両を用い、予約状況に応じて最適な経路を組みながら送迎する仕組みで、背景には「最適経路問題」などのアルゴリズムがあることが説明されました。路線バスを維持するには年間約2,000万円規模の費用がかかる一方、利用者確保が難しいという課題にも触れ、公共交通の必要性と運用の現実が示されました。
柳澤さんは、この研究に向き合う過程で「研究はパソコンの前だけで完結しない」ということに気づいたそうです。交通協議会での調整、バス会社での研修、市民説明会での対話、利用者への聞き取り、バス停設置、予算確保など、現場の合意形成と生活者の理解が不可欠であることが語られました。説明会で「なぜ路線バスを潰すのか」と反発を受けた経験から、同じ施策でも前提が共有されなければ対立が生まれることを学んだと振り返りました。
後半は「社会をどう変えるか」という問いへ展開しました。安田講堂に残る学生運動の痕跡を例に、社会を変えようとした世代の気概に触れつつ、1998年の特定非営利活動推進法の成立以降、行政だけで解決しきれない課題を民間が担う流れが強まったこと、さらに2000年代にはビジネスによる社会課題解決が広がった時代背景が示されました。
その具体例として「児童館」の成立過程が紹介されました。核家族化が進む農村で子どもの預け先が必要になり、地域の相互扶助が町・県・国へと広がって制度化されたというストーリーを通じて、小さな現場の工夫が制度へつながり社会を変えうることが示されました。さらに、さまざまな「小さな取り組み」の積み重ねが、長期的には制度や文化を動かすうねりになり得るという視点も提示されました。
終盤では、地域を理解する観点として「古い道」「主要産業」「動植物」「地域の物語」「信頼を得る方法」「お金の流れ」といった観察項目が挙げられ、外から来た者ほど「分からないことを前提に、素直に聞き、最後まで聞き切る」姿勢が重要だと述べました。加えて、新潟県山古志地域の錦鯉をめぐる事例から、次世代への投資が地域や分野の未来を形作るという考え方が示され、筑波大学の取り組みも同様の視点で位置づけられました。
質疑応答では、自然と共に暮らす実感として「命」との向き合いが話題になり、釣りやクマの解体経験を通じて得た自然観が語られました。また、研究のプログラミング面では、既存アルゴリズムを地域条件に合わせて調整することが自身のテーマであり、基盤は短期間で形になった一方、現場に合わせた調整は継続的に積み重ねたことが述べられました。
参加者は、技術や制度だけではなく、対話と信頼の積み重ねが地域課題の解決に不可欠であること、そして小さな実践が将来の社会変化につながり得ることについて理解を深める機会となりました。
